ヒロシマへの誓い、サーロー節子が訴える核兵器廃絶

映画

前略 サーロー節子さま

なぜ、映画を観に行くか。
その答えは千差万別です。

わたしは、ドキドキしたかったり、スカッとしたかったり、
泣きたかったり…そのときどきの目的に合わせて作品を選びます。

わたしは、主義も、主張も、宗教も
持ち得ていない典型的なノンポリ人間です。
これまで自分の感情の赴くまま、生きてきた。

「ヒロシマへの誓い サーロー節子とともに」
普段なら絶対に選ばない作品です。
しかし、今この時、この地で観なければいけない。
そんな感情に押し流され、劇場を訪れていました。

「ヒロシマへの誓い サーロー節子とともに」あらすじ

13歳のとき、広島で被爆した自らの実体験を、
世界中の多くの人々に語り伝える反核平和運動に
長年従事してきた日本生まれの女性・サーロー節子の
生涯を追う必見の感動作。

1945年夏、節子が13歳だった時、広島に原爆が投下され、
自らは九死に一生を得る一方、多くの同級生たちが
悲惨な状況の中で命を落とすことに。

その被爆体験を、後年、カナダ人と結婚し、
海外に移り住んだ彼女は、世界の人々に語り伝える
平和活動に従事。

一方、自らも同じ広島女学院出身で海外に移住し、
やがて節子と知己を得た被爆者2世の竹内道は、
自分の家族が原爆のことに長年口をつぐんでいたことを
奇妙に感じていた…。
(引用 https://www.wowow.co.jp/detail/117123

光に向け進むことで希望が叶う

このドキュメンタリー作品は、ただ平和を願っているのではない。
「地球上からの核兵器廃絶」を目的としている。
核兵器廃絶のためのプロモーション映画だ。

映画の中で、サーローさんは核兵器がある限りは、
平和な未来はないと強く訴える。

一見、核兵器廃絶を訴えるガチガチの活動映画のようだが、
「光に向け進む」ことで希望は現実に近づくことや、
沈黙の中にある「家族の愛」に気づかされたり、
自分の中にある小さな葛藤に対するヒントを与えてくれる。

サーローさんは、2017年12月にノーベル平和賞を受賞した。
受賞を記念した講演で魅せたサーローさんが訴えるシーンは、
多くの人がハッと気づかされ、行動しなければと思わされるだろう。

核兵器廃絶に向け、真っ直ぐに、そして力強く訴えるサーローさんは、
「怒りこそ、原動力」という。

75年前に広島での被爆体験と家族や友人を目の前で失った辛さや
悲しみを抱えて、今なお活動を続けている。

引用 https://www.hiroshimaenochikai.com/

核兵器廃絶は叶う希望

13歳で被爆し、これまで核兵器廃絶のために
訴え続けてきたサーローさんの頑固さに頭が下がります。

1月22日、核兵器の開発、保有、使用を禁じる
核兵器禁止条約が発効しました。それを受けて
サーローさんは次のように語っていました。

「飛び上がるほどうれしいです。75年間活動してきて
ようやく勝ち取ることができたと思います。
でもこれは核兵器の『禁止』であって、
禁止する状態から廃絶までの長い道のりがあり、
ことばにはできない喜びと同時に重い責任感も感じています」
(引用 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210122/k10012827231000.html

一貫していてブレない真の強さをサーローさんから感じました。
70年以上前に死に別れた家族や友人、そして愛する夫の思いを
背負い、今なお活動を続ける姿を見て、自分にできることを
考えました。

ここは広島です。
広島の人は目立つような行動を、あまりしません。
きょう、エンドロールが終わった瞬間に、
会場内から拍手が起こりました。
つられるように、一呼吸おいて拍手をしました。
わたしのその拍手は、自分自身の決意の証です。

わたしは、核兵器を地球上から廃絶するために、
「核兵器は違法」だと強く訴えます。

映画「ヒロシマへの誓い サーロー節子とともに」予告編
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